2017/06/17

「天空城 アクア=エリアス」の5週目(周回:??)に3人で向かいます。

いつも日常的なことなので、今週はちょっと不思議なことを書きました。

ゲーム制作も折り返し地点です。ようやく、といったところでしょうか。ゲーム制作者にも色々なタイプがいて、制作者の日記などを読むと様々なことがわかって、結構読むのも楽しいです。ゲームをプレイしなかったとしてもね。

苦労しているんだなぁ(読み手:どうでもいいわ)とか、自画自賛しているなぁ(読み手:なんで?)とか、作り方指南書になってきている(読み手:ブックマークしとこ)とか……、まあ、日記なのでそれ以上のことは出てこないと思いますけど、日記がある年月(2014年とか)を境に途切れているサイトも珍しくありませんので、これがインターネット時代の諸行無常かと実感します。

別に単に日記を書かなくなっただけ、なのにね。

私はゲーマー至上主義的なところがあって、ちょっと変わっているのかもしれません。プレイヤーの都合の良いように物語が進む、という意味ではないですよ。そういうのではなくて、制作者にとっては辛いがゲーマーにとって嬉しい選択肢を選び続ける、というものです。

今回、事実上ゲームエンジンの変更をすることになりましたが、制作者にとっては(再利用できるものはありますが)これまで作り上げた設計やシステムを一旦捨てなくてはなりません。また、基本的にこういった大掛かりなことをすると、リリースは確実に遅れますし、プロジェクトが頓挫したりする危険が高まるので、避けるべきこととされています[要出典]

では、ゲーマーにとっては何が大事なのかというと、クソゲーを出してくるな、この一言に尽きます。制作側やゲームエンジンの都合など知ったことではありません。最高のクオリティのものを出せ、です。そこそこのものは、いりません。実際、ゲーマーとしての私は、これまでに最高のクオリティと思える作品に出会ったことがありません。どこかに欠けたものがありました。その不満が、現在のゲーム制作に繋がっているのです。この不満がある限り、制作が止まることはありません。その不満は今でも増え続けているという……これなら安心ですね!(私は不満あり過ぎて困ってますが……!)

制作者にとって模範的な制作手法は必要ありません。ゲームのクオリティが全てです。それを高めることができるなら何でもします。プロではなく「趣味」のゲーム制作だからこそ出来ることですね。

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