2017/05/27

「天空城 アクア=エリアス」の2週目(周回:??)に3人で向かいます。

先週、どういうわけか「アクア=エリアス」の方に進んでしまったため、戻るのも面倒ですから、こちらで最後まで進めてみようと思います。

なぜルートを外れたのかは、謎やで。

目下ゲーム制作に専念しており、捗れば捗るほど、Webサイトの更新頻度が減っていくのですが……これは良い傾向なのか、よろしくない傾向なのかは不明。更新する回数が減るってことは、訪問してくれる人に申し訳ないしアクセスも減るってこと。でも、更新頻度を高めてWebサイトを充実させた結果、ゲーム制作が進まないということになると本末転倒である。つまり、結論は……ぼくが二人ほしい。Webサイト担当と、制作担当だ。まあそのうちに、お互いのことが羨ましくなって喧嘩別れしてWebサイトとゲーム制作の両方が頓挫しかねないけど。二人以上居るってことは、そういうリスクもあるからなぁ。一人だと完成するね。ゲーム制作の原動力が多分他の制作者と違うから。ぼくの既存の作品に対する(膨大に貯まった)「不満」が原動力になっているので、そう簡単には解消されないからね。というか、多分、完成して公開してからもその不満は解消されなくて、一つの作品のバージョンアップを続けていくことになりそう。最終的に(「最終版」というものは無さそうだけど)分岐がとんでもないことになりそうなので、土台をしっかり設計することを考えているよ……。

ゲーム世界の世界観はAGL(Another Greek Legend)というもので、確か、2000年頃から公開しているんだ。別に早くから公開していたからといって何か恩恵があるというものでもないけど、今のサブカル(文化)が広く普及する前から存在していることは面白い特徴だよね。実際、AGL自体には「萌え」(この言葉も古くなったので言い換えたいがちょうど良い言葉がない。)的な要素は全く入っていないんだ。あとから、時代の流れに合わせて追加したものと考えていい。

AGLを考案した頃のぼくは、今でいうところの「ヲタク文化」というものを、何かに取り憑かれたかのように嫌悪していたからね。女の子キャラクターの目が異様に大きいのを「意味が分からない」「宇宙人か」とまで公言していたよ。それから勉強して、今は丸くなったから考え方は当時とは違うよ! まあ、わざわざ「ヲタク文化を勉強して」、それを認めるようになったという経緯は少し変わっているなとも思うけど、なんでも勉強してみるものだね。と、同時に、人の好みというものは後からいくらでも変わるものだなと、実感したよ。まあ実例は(自分の経験の)一個しか知らないので、これはよくあることなのか稀にしか起こらないことなのか、見分けは付いていないけれど。

AGLは一言でいうとギリシア神話の続編だ。主神ゼウスが全く登場しない(居ないのでは無く、AGLのワールドでは登場しない)という妙に潔い設定になっているけど、AGLはガチガチのSFなので、ゼウスといえども物理法則を超えられないというワールドなのね。つまり、彼は確かに主神として存在するのだけれど、AGL上に構築したワールドの物語の主人公らに出会うことが決定的に不可能なんだ。不可能を可能にすることは出来ないよ。出来た方が神々の物語として面白くなりそうだけど、AGLの基本設定は強力で、それを許さないんだ。お話の面白さよりも、AGLのワールドを正確に描写することを優先させるということだから、確かにこれは大衆向けの商業的作品では非常に使いにくい。趣味活動だからこそ採用できる世界観だろうね。

ゲーム世界の設定を考える上では、AGLは非常に便利なモノだ。可能なことと不可能なことが明確に決まっているので、仕様作りがしやすいんだよね。先程述べたように、ゼウスのような存在が出てこないのもとても都合が良い。出てくると(彼はわりと何でも出来てしまうので)お話の根幹が吹っ飛ぶからね。そう考えると、AGLのギリシア神話的な要素はかなり薄められているともいえる。ギリシア神話を全く知らなくても大丈夫のハズだ。実はAGLって名前負けしているじゃないかと思ったりすることも何十回とあったけれど、もう憶えてしまったので、結局直していない。ぼくは一度名付けたものを、なかなか変えたりはしないんだ。柔軟性に難あり、やで。

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